大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成4年(く)197号 決定 1992年12月18日

主文

原決定を取り消す。

検察官の被請求人に対する刑の執行猶予の言渡し取消し請求を棄却する。

理由

本件即時抗告の趣意は、弁護人佐藤真理作成の即時抗告の申立書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、原決定は、被請求人が、業務上過失致死事件を起こしたこと及びこれ以外に五件の道路交通法違反を犯したことが、執行猶予者保護観察法五条一号の「善行を保持すること」に違反し、刑法二六条の二第二号の「保護観察に付せられたる者遵守すべき事項を遵守せず」、かつ、「その情状重きとき」に該当するとして、奈良簡易裁判所が平成元年一二月二七日被請求人に対する窃盗被告事件につき言渡した刑の執行猶予の言渡しを取り消したが、右業務上過失致死事件については、被請求人は無罪を主張したが第一審で有罪の判決を受け、現在控訴審に係属中であるうえ、その無罪主張には相当の理由があり、しかも、右事件は猶予の対象となつている窃盗事件とは罪質の異なる過失犯であつて、遵守事項違反の情状は重いとはいえず、まして、裁量取消しが相当とは考えられないし、道路交通法違反の事件については、その五件のうちの二件は速度違反であるが、いずれも動機の点で同情の余地のあるケースであるうえ、その余の三件は駐車違反であり、これらも執行猶予の対象となつている窃盗事件とは罪質を異にしているのであつて、遵守事項違反の情状が重いとはいえず、その上、被請求人には保護観察からの離脱はなく、保護観察の効果はあがつていたことをも考え併せると、被請求人に刑法二六条の二第二号の取消し事由に当たる情状の重い遵守事項違反の事実があるとして裁量取消しをするのは不当であり、また、原裁判所は、口頭弁論は経ているものの、弁護人が提出した証拠やその主張を十分検討することなく性急に本件決定を言い渡したものであつて、刑事訴訟法三四九条の二第二項の趣旨に反し、ひいてはこれが原決定の判断の誤りを招いたものといえるから、刑の執行猶予の言渡しを取り消した原決定は不当であり、原決定を取り消したうえ、本件刑の執行猶予言渡し取消し請求を棄却するとの裁判を求める、というものである。

そこで記録を調査して検討すると、原決定がその理由中の二において摘示する本件保護観察の経緯並びに被請求人が起こした業務上過失致死事件の内容及び訴訟の経過及びこれ以外に犯した合計五件の道路交通法違反の内容等は、そのとおり是認してよく、また、これが善行保持義務に違反しているとの判断も肯認できるが、以下の諸事情を考慮すると、その情状が重いとまではいえず、本件刑の執行猶予の言渡しを取り消すべきものではないと考えられる。

すなわち、記録によれば、(1)本件保護観察の成績は、平成二年一〇月は「不良」、平成三年六月、八月及び平成四年二月は「普通」と評定されているが、それ以外の月はすべて「良好」と評定されており、その間、被請求人は、平成二年一〇月に業務上過失致死事件を、平成四年二月には時速二五キロメートル以上三〇キロメートル未満の速度違反を、平成四年九月には時速二五キロメートル未満の速度違反を、平成二年九月、平成三年一一月及び平成四年八月には各駐車違反を犯しているところ、右業務上過失致死及び道路交通法違反の各事件は、本件保護観察が付された窃盗罪とは罪質を異にしていること、(2)業務上過失致死の事件は、結果は重大であるけれども過失犯であり、被害者にも落ち度がなかつたわけではなく、また、被請求人は事故後直ちに一一九番通報をするなどの事後措置を行い、その後被害者の遺族とも示談が成立していること、(3)五件の道路交通法違反のうち、速度違反の一つは、仕事上自動車を運転中、赤信号で停止したことにより先導車に遅れたため速度を上げた際のものであり、他の速度違反は、夜間に作業現場に急いでいたときのものであり、その余の三件はいずれも駐車違反であること、以上の事実が認められるのであつて、右事実によれば、被請求人は、善行保持義務に違反したとはいえ、その内容、程度、更には記録によつて認められる被請求人の生活態度全般等からみて、右違反が被請求人の自力更生意欲の不足ないしは欠如に起因し、保護観察による指導援助を継続しても自力更生を期し難い場合には当たらず、その情状が重いとまではいうことができない。

従つて、その情状が重いとして本件刑の執行猶予の言渡しを取り消した原決定は取消しを免れず、本件抗告は理由がある。

よつて、刑事訴訟法四二六条二項により原決定を取り消し、本件刑の執行猶予の言渡し取消し請求を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 青木暢茂 裁判官 寺田幸雄 裁判官 喜久本朝正)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例